「髑髏」

                   ー伊藤若冲「髑髏図」

                              河津聖恵

闇に繁茂する真白き花々を描き終えた絵師は
ややあって同じく闇に浮かぶ
真白き髑髏を描こうと思い立った
四十八の花を描きつづけた疲労からか
花鳥風月への憎しみがひそかに高まったか
非在の花々の非在の花弁が散ると
非在の非在として現れてきたのは、髑髏だった

その時絵師がふぃっとくちびるを鳴らした
昼と夜は反転し
庭の葉々から虫喰い穴が次々遊離した
紙に降りる筆先に
穴は無数の黒星となって蝟集し
ついに髑髏が眼窩の中心から描き出された
筆に宇宙の圧が掛かり
黒は宇宙の底へと深まり
描き出した絵師はもう闇の冷たさだったろうか 
それとも
まだ人の果てとしての髑髏の悲しみの側にいたか

闇に浮かぶ二つの髑髏には
たしかに不思議な意志がある
生きようとするでも死のうとするでもない
どこまでも存在してやる 
蹴られれば転がってもみせようと
欠け残った歯で闇の端を噛んでいる
四つの穴は漆黒の高貴を増している
髑髏は泣いてなどいない
見る者が吸われるほど見事に広がる無の鏡のごとき闇を
その存在からあふれ出させている


 
この世からごろんと捨て置かれたものが恋しくて
絵師はさまよい歩いていた
気づけば刑場近くの竹林で
風が吹き声々がざわめいた
この世からごろんと捨て置かれて
絵師は竹林の闇へ一人分け入っていった

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