「表現の不自由展・その後」中止に寄せて(2019年9月8日付「京都民報」)   

   あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が、平和の少女像や昭和天皇を題材にした作品を標的とする脅迫が相次ぎ、開幕3日で中止となった。特に京都アニメーションの放火事件を利用した脅迫が、関係者に大きな動揺を与えたという。表現の不自由を訴える自由を、主催者が自ら手放す結果となった。
  脅迫を受ける個人の恐怖は計り知れない。だが今回行政側は個人の恐怖を口実
に公的な責任を放棄し、主催者側に有無を言わさず展示をやめさせたとしか思え
ない。しかもそこに政治家の歴史修正主義的な思想も関わっている。河村たかし
名古屋市長は「「(少女像は)日本人の心を踏みにじるものだ」と恫喝し、展示中
止を知事に働きかけたという。さらに菅官房長官がトリエンナーレへの補助金交
付の検討について言及。批判や脅迫を勢いづかせた。
  この国で表現の自由の息の根を止めるのは、何とたやすいのか。「ガソリン缶
を持っていく」と一本電話を掛ければ良い。あるいは誰かがこの国のタブーに触
れる作品の存在を、ネットで拡散すれば良い。右傾化した為政者たちは、犯罪者
を断罪するよりここぞとばかり表現者側を弾圧する。煽られた大衆は弾圧を支持
し、さらに表現の自由は奪われていく―。
  同じ表現者として身につまされるのは、作品の一部だけを見て「反日」「不敬」といったレッテルを貼り、自己の存在を賭け制作した作家の思いが歪められ、嘲笑され抹殺されたことだ。作家の思いは作品全体と鑑賞者との時間をかけた沈黙の対話によって、個から個へ伝わる。そのかけがえのない機会が暴力的に奪われたのだ。名古屋市長は十五分の視察で恫喝したというが、まさに特高警察ではないか。             
   金曙炅・金運成「平和の少女像」は「慰安婦像」という俗称でバッシングに
晒され、先の名古屋市長のような反応を広く引き起こした。だが像の隣には空い
た椅子がある。それも作品の重要な一部だが、言及されることはあまりに少ない。椅子の空虚は多義的で、鏡のように見る者の心を映し出す。反日と罵る者も自らの空虚に見つめられる。少女の足や影に凝らされた意匠も含め、少女像には反発する者の集団的な心性を我に返らせる仕掛けが施されているが、マスメディアはそこを映し出さない。
  大浦信行「遠近を抱えて」は「昭和天皇の肖像をコラージュした自作を燃やす
映像作品」が、「不敬」だ、「御真影を焼いた」と非難される。だが今の世に不
敬罪など存在しない。また展覧会のHPを読めば、そうした批判が事実に反するこ
とも分かる。本作は1986年富山県立美術館での展覧会終了後県議会や地元新聞で批判され、右翼団体の抗議もあり、図録と共に非公開となった。そして93年美術館が売却し図録の残部も焼却した。つまりそもそもは作者の方が公的機関によって図録の中の「自作を焼かれた」のだ。未見だが「自作を焼く」という映像はその痛みを伝えるものだろう。HPには作者の言葉もあり、天皇の写真を用いたコラージュが、戦後生まれの日本人としてのアイデンティティと向き合うために見出した独自の手法と分かる。
  アートは見る者の無意識に沈むものを可視化する。本展は本質的に、日本人の
無意識に潜む不安や罪悪感を可視化したから再び弾圧されたのだ。だが作家が無
意識から湧き上がるものを表現するのは自由であり、誰も止めることは出来ない。タブーだからこそ天皇やアメリカや日本軍「慰安婦」が時にそこに現れる。今回の事件は、戦後から今まで抑圧してきたタブーと未だ向き合えない日本人の弱さを露呈させた。一方アートの側は、タブーと向き合うことがこの国の表現の自由の試金石であることを突きつけた。画期的な本展を一日も早く再開してほしい。

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