河津さんの依頼


                             山本育夫

  詩と絵についてのお話を自由に、というご依頼をいただきました。雑感のような感じで書いてみたいと思います。ぼくはもともと美大を出て、コンセプチュアルアート活動をしており、松沢宥さんや滝口修造さんの影響も受けておりました。その後、木や和紙などの素材を使った立体表現などもやっておりました。そういうこともあり、この依頼は興味あるものでした。ぼくの場合は、詩と絵、というか詩とアートといいますか。
さて、1985年に詩集『ボイスの印象』を出しました、それはこんな詩です。

「破片の、表情」は木片に焼きごてで刻印を捺す、という作業、ぼくのアートワークが詩のことばを動かすベースになっています。
 この詩集のあと、山本育夫造本詩集『新しい人newman』、という詩集をつくったんですが、これは山梨県の市川大門にある紙問屋二孝のご主人・小林孝さんからフランクフルトのブックフェアーに出すための和紙の詩集を考えてもらえないかとお話をいただいて考えたものです。詩集というよりは手巾刷りで1ページずつ刷った詩編150枚の詩の束を入れる入れ物を、現代美術のアーティストに考えていただく、という企画でした。
これはパンフレットがありますので、その図版を見ていただくのが早いと思います。
高木修さんのアイデアによる楕円形のオブジェをベースにして、それをぼくは和紙で、雨宮弥太郎さんは硯石で、という具合にいろいろなアーティストが制作し、そのオブジェのなかに和紙の詩の束を入れたわけですね。

   こうした経緯もあり、復刊個人的詩誌・「博物誌」では詩と写真を使った詩集を書き下ろしで毎号記載するという試みにチャレンジしています。
ビジュアル雑誌などでは詩と写真のコラボレーションはごく普通に行われていますよね。試験的な試みとしてしばらく続けてみたいと思っています。以下に最近作、山本育夫詩集『花児(はなじ)』をアップしておきますね。(博物誌40号山本育夫詩集『花児(はなじ)』)

さていかがでしたでしょうか。
ぼくの場合は詩を書く際、ベースのイメージにアート的な感覚がどうしても紛れ込んでしまいます。もちろんことばだけで十分、ということもいえるのですが、可能ならイメージもだきあわせてみたいという希望が残ります。河津さんが試みられているようなオブジェ的な展開もなにかつくってみたいなという気がします。

最近の若い詩人たちもそうした試みをし始めていますよね。詩の可能性はいろいろなかたちで開かれていたほうがいいと思います。
もっともこうしたこころみはむかしの詩人たちもいろいろ試みていますよね。現代詩、戦後詩の厚みが揺るぎない層となって堆積している現在、もう一度詩の解体、再構築、といった運動が生まれる時期なような気もします。なんとなく検閲された安心したことば、抒情のほうにまぎれこんでしまいがちなことばに、揺さぶりをかけてみたくなります。うまくできるかどうかはわかりませんが。

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