「樹花鳥獣図屏風」を初めて見たのはいつだったでしょうか。おぼろげな記憶ですが、若冲の生誕300年の展覧会を解説したテレビ番組で見たのではないかと思います。4万5千もの小さな正方形を描き、さらにその各内部に濃淡の様々な極小の正方形を描き込んだ方眼で、巨大な屏風絵を構成した絵師の超絶技法に、出演者たちは凄い凄いと口を揃えて感嘆していたことを覚えています。それは遥か江戸時代に、今のデジタル技術の先駆けのような試みをしていてスゴイ、というものでしたが、その賛嘆は私からむしろ絵を遠ざけていく気がしました。淀みなく賛嘆する人々が、何だか自分とは違う絵を見ているようでした。その後展覧会で現物を見る機会がありましたが、他の絵と比べて、絵と自分の間に見えない距離を感じました。見る人が集中していたからでしょうか。あるいはあの番組の影響があったのでしょうか。記憶のどこからか手放しの賛嘆の声が蘇ったのでしょうか。いずれにしても絵に描かれている世界より、そこに細かな網目を作っている、デジタルな超絶技法の方を妙に意識していました。

この屏風絵について、例えば佐藤康弘氏は、彩色に粗さが目立つという理由をあげて、若冲自身は下絵のみを描き、彩色は弟子たちによるものと推測しています(『もっと知りたい伊藤若冲』東京美術)。一方「枡目描き」と呼ばれる方眼を使った若冲の技法について狩野博幸氏は、染織あるいは織物の下図として制作された可能性を指摘しています。実際若冲は西陣の織物商と交友関係にあったそうです(『伊藤若冲大全』解説編、小学館)。また小説家の黒川創氏はこの「枡目描き」の視覚効果は、織物のそれとは違うと小説『若冲の目』で主人公に語らせています。若冲は自然を精密に模倣する次元を超えて、時代に先駆けて顕微鏡や天体望遠鏡で見る「世界のありようのリアリティ」に到達していたのだ、と。この「世界のありようのリアリティ」という言葉は、若冲の内面に立った解釈であることを示しています。つまり見る者が若冲の内面に立って初めて、この絵が本当の意味で見えてくると言っているのだと思います。

下絵は若冲で、実際描いたのは弟子(たった一人で描いていたイメージの強い若冲にも、晩年は弟子がいたのです)だとしても、若冲の内面を想像しながらこの絵を見るならば、若冲の筆ではないという事実は決して鑑賞の妨げにならないと気付きます。「枡目描き」という超絶技法をこの絵で実際用いたのは弟子であっても(若冲自身が描いたと思われる「白象群獣図」での枡目描きに比べて、確かに雑です)、技法を編み出したのも指導したのも、またこの絵のモチーフや色遣いを考えたのも若冲であることは確かでしょう。

「枡目」はただの意匠でしょうか。あるいはもっと内面的なもので、内部と外部を隔てるために用いられているのでしょうか。

いずれにしても若冲の内面、あるいは内面と外部の境界と言っても、それは果たして私たちのそれらと同じものではないでしょう。私もまたそのありようを想像出来ません。今考えられるのは、若冲の資質や境遇だけでなく、江戸中期という中世と近代の間の人間の心性は、今より遥かに内面は宗教的な傾向があって、外界をきっちり対象化することも少なかったのではないか、ということだけです。またそうしたことを考えると、ただ意匠の面白さを追い求めたたけの絵でもないはずです。

ここで第二回で引用した、「動植綵絵」を相国寺に寄進した際の寄進状にある若冲の言葉をあらためて引用します。

「世間の評判を得ようといった軽薄な志でしたことではありません。すべて相国寺に喜捨し、寺の荘厳具の助けとなって永久に伝わればと存じます。」

この言葉が伝える若冲の清冽な思いは、それから余り年月をおかずに描かれただろう、この「樹花鳥獣図屏風」に込められた思いでもあると考えても間違いないのではないでしょうか。

この屏風絵が表しているのは、紛れもなく非現実の世界です。麒麟や猩猩や唐獅子といった創造上の生き物や、当時日本ではなかなか見られなかっただろう虎や象もいます。鴨や馬の泳ぐ満々と満ちた青い水は幻想的です。遠目からはこまかく網を入れられているように見える絵の全体は、さながら霞む目で見た極楽を思わせます。

先日、ある展覧会で中世に描かれた「仏涅槃図」を見ましたが、その絵の下方に、涅槃の境地に入り横たわるお釈迦様の方を見つめる動物たちが描かれているのを見てハッとしました。白象、猩猩、唐獅子、虎、馬、鴨ー「樹花鳥獣図屏風」にも描かれている動物たちがそこにいたのです。また両者の動物たちは姿形がよく似ていました。ただ大きな違いがありました。「仏涅槃図」の動物たちはお釈迦様の入滅をとても悲しんでいる様子で、特に白象は身を伏せ頭は上げて、口を大きく開き声を上げて泣いているようでした。それに対し「樹花鳥獣図屏風」で動物たちは思い思いの方向を向いていて、とても楽しそうです。そして白象はしっかりと立ち、こちらをじっと見つめています。動物たちのこうした類似と相違から次のような推測が成り立つでしょうかーこの若冲の屏風絵は中世からの涅槃図の系譜を意識して描かれたもので、動物たちの種類も姿形も涅槃図の伝統に則ったものだった。だが自分自身の固有の表現をも目指すこの絵師は、お釈迦様の入滅を悲しむ様子を描くのではなく、むしろそれを祝福する様子を絵にすることを試みた。そしてそれは絵師自身の幻視する「涅槃」あるいは「極楽」だったのだー。しかしそう解釈しても、象がこちらを生真面目に見つめているのがやはり気になります。涅槃図では象の視線の先にはお釈迦様がいるはずですが、若冲の絵ではそれは今絵を見ている者になります。このことは何を意味するのでしょうか。若冲は象の眼差しによって、絵の前に立つ者を仏として敬おうと意図したのでしょうか。あるいはこの絵を見る者は誰でも仏となりうると伝えたかったのでしょうか。



詩「神々の檻」は、この絵が、若冲が少年時代に長崎から京都に来た白象を見たという設定で書きました(もちろん事実はどうだったかは分かりません)。この詩においては、少年の孤独な眼差しが象の哀れな姿から「この世ならぬけものたち」の気を誘い出します。そしてその後大人になり「動植綵絵」を描き終わった絵師の心の空洞に、それらが再び現れます。魔物たちを捕らえるための「神々の檻」として、絵師には枡目描きという狂気が生まれ、彼はそれに身を任せていくー。これは私の勝手な想像と仮定に過ぎませんが、一方末尾のニ行「未知の怒りをたたえ/色濃い極小の心臓を密かな暗号のようにちかちか鼓動させている」は、この絵を見た時の私の現実的な感覚を表現しています。私には枡目の中の小さな正方形は、小さな心臓か卵のように思えてならないのです。何かそこにこそ、絵の生命の実体が常に鼓動しているようなー。



最後に、若冲が超絶技法を使った意味は一体何なのかを今一度想像してみたいと思います。先述したように、少なくともそれは技法のための技法ではないはず。むしろ真逆に、枡目描きは涅槃、入滅、死といったものがもたらす悲しみを細かな枡目を作る過程で反転させ、喜びへ向かう祈りにも似た行為だったのだとしたら。現実の悲しみを小さな枡目一つ一つにフリーズさせ、総体としてこの世ならぬ喜びを解き放つーそんな希望を、この絵を考案しながら若冲は見出していったのだとしたら。そんなあらぬ想像を繰り返すことで、少しずつ絵師の心のありかに近づいていけたらと思います。


 
 
 

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