蘿匐と西瓜

          河津聖恵

果蔬の純白はたましいの色だ
どんな光も消えてしまった
死の闇の満ちる家から走り出ると
絵師は視野の一隅を照らされ振り返った
店先に捨てられていた
二股の小さな蔬菜の光だ
大根というより蘿匐(らふく)というにふさわしい存在の厳かな白の輝き
そっと拾い上げ
赤子のように胸に抱きしめると
絵師の虚ろな心にゆっくりと悲しみの光は滲みてきた
その滋養が消えないうち家に戻り
逆さまの籠の上に寝かせよう
周囲に店に売れ残ったさまざまな果蔬たちを
嘆き乱れるさまに配し
画室いっぱい
みずからの悲しみのすがたを思う存分咲かせてしまいたい

愛する人のいない空虚が
遙か未来まで拡がりだしている
押し寄せる空虚は目からあふれる涙となり
絵師は涙で墨を擦りつづける
自分の心をなぞりながら果蔬たちを描くにつれ
自身も少しずつ白い影になりかわっていく
悲しみが祝福にかわるまで涙は流れていく
さいごに蘿匐の輪郭を
幼子にかえった指でぎこちなく描き始めた時
母の純白のたましいは
無へと穏やかに入滅した と指先は悟った
絵の中で別れの儀式が終わる
充満した空虚はかがやき
蘿匐は次第に光を失い
ふたたび傷だらけの大根〟へごろんと戻っていった

墨は二百五十年後の今も乾き切らない
時の果てへの静かな供物として
絵師は画仙紙いっぱいに永遠の湿潤を残したのだ
淡墨の果蔬たちの背後から
大きな西瓜がくろぐろと二股の蘿匐を見ている
最後に筆の力を漆黒に籠めたまま
熟れすぎた絵師がそこに今もいる
生きる闇をたたえ
生きる不純を呑み込みながら
母の真っ白な涅槃を眩しく見つめている

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