詩「陋室の蛹」について


            河津聖恵

「芍薬群蝶図」は、『動植綵絵』の中で最も初期に描かれたものだとされています。それで、『綵絵』のどの画集でも、ほぼ最初に紹介されているので、よく知られた作品だと思います。

若冲の絵の中ではこの絵が好きだという人も少なくないようです。私もこの絵が好きで、画集で見るたびに絵の中に吸い込まれていくような気分になります。芍薬の元へ浮遊するように降りていく蝶たち。蝶たちを恋い焦がれるように見上げながら、美しいけれどよく見るとどこかけもののような獰猛な気配で、下方で待ち構える芍薬たち。蜜を求めてやって来る蝶たちは、むしろ花たちの罠に掛けられているかのようです。もしかしたら蝶たちは、花に食べられてしまうのではないかーそんな不穏な気配を感じます。

この絵は吸い込まれるようだと書きましたが、その不思議な「引力」は、上部にひらいた余白の大きさや、下方の芍薬たちに溢れる生命力とあいまって、降りていく蝶たちの奇妙な浮遊感にあるのだと思います。蝶たちは降りていくというより、落下していくように見えます。つまり自然にはほぼあり得ない不自然な降り方をしています。

「ひとひらまたひとひら/いつしか十全に盈ちた虚空から蝶たちは雪片のように力なく身を投げていく/運命の酷薄な手でぴんと展翅されたすがたで/飛ぶ、蜚ぶ、止ぶ/やがて羽ある非在のものたちは/下方にひしめく花々の極楽のエネルギーに身を任せて落ちていく」

 この引用箇所で「ぴんと展翅されたすがた」とあるのは、標本箱で羽を広げた胴体に虫ピンに刺された姿のことです。これらの蝶たちは実際飛ぶ姿を写生したものではなく、標本のスケッチを元に描かれているのと考えて間違いないでしょう。『動植綵絵』には、鶏など「生写し」されたものと、鳳凰など想像上の生き物を中国画を参考に描いたものがありますが、さらに標本のスケッチから生まれたものがあるのです。例えば浜辺におびただしい数の貝が散らばる「貝甲図」や、巨大なタコから逃げるように様々な種類の魚たちが皆目を見開き同じ方へ泳いでいく「群魚図」は、どちらも現実にはあり得ない光景です。前者の貝は「芍薬群蝶図」と同じく標本を、後者の魚は、標本というより魚屋の店先で売られていた魚を買って来て描き写したと思われます。

一方「芍薬群蝶図」では蝶たちは不自然な落下していきます。そしてこの絵の魅力はその非現実感自体にあると思います。あらかじめ死せる蝶たちを、金泥を刷毛で塗った地に施す配置において、絵師がどれほど神経を凝らしたかーそれがアウラのように伝わって来るのです。言い換えればこの絵には絶えず発散する神経の震えのようなものがあって、それが私を惹きつけるのでしょう。

なおこれらの蝶たちのうち、最も気になるのは、絵の半ばよりやや上の虚空にいる黒揚羽です。一番大きな蝶ですが、ふとどこかで見覚えがあるように感じました。どこだったか。しばらく考えると分かりました。以前この解説ページで取り上げた「芦雁図」で、凍った池の面に落下する雁です。やや角度は違いますが、落ちていく感じや翅の色が似ています。あの雁の、目を見開き叫びを上げている死の不安の感情が、この蝶にもあるのかも知れません。そう思ってあらためてこの絵を見ると、なおいっそう蝶の浮遊感は増し、花たちはより獰猛にざわめき出します。

詩のタイトルにある「陋室」は、この絵の左上に記された「平安城若冲居士藤女鈞画於錦街陋室」という款記から取ったものです。「画於錦街陋室」つまり、京都の錦街にある自分の部屋で描いた絵という意味です。若冲には言わばアトリエが二箇所あったようで、その一つが、実家のある錦街のどこかだったのです。詩を書きながら、その「陋室」でこの絵がどのように生まれたのかを想像してみました。詩の言葉を模索しながら、二百五十年の時を超え創造の時空の闇と光に一瞬触れることが出来たような気さえします。もちろんそれは幻想ですが、若冲の絵自体が深く豊かな幻想であり、今この時において詩を触発して止まないのです。

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