古賀春江の詩の海(1)

                            河津聖恵

昨年六月、所用で福岡に行った帰りに久留米市に立ち寄り、「寺町」とよばれる、たくさんのお寺が集まった通りを、門前の立て札に記された名を確かめながら、ぶらぶらと歩いていました。

戦前に活躍した前衛画家、古賀春江の生家である善福寺を探していたのです。

その頃戦前の日本のシュールレアリスムの詩について詳しく知るためにいくつかの関連書に目を通していくうち、戦前を代表するシュールレアリスムの画家の一人である古賀春江が詩を書いていたことを知り、ちょっと興味を掻き立てられていたのです。

そもそも古賀春江については、殆ど何も知りませんでした。記憶を辿ってみると、1988年に兵庫県立近代美術館で行われた「1920年代日本展」において初めて古賀の代表作といわれる「春」や「窓外の化粧」を見て、その不思議な構図と色彩、そして独特の雰囲気にただならぬ何かを感じたことはよく覚えています。しかしその後、この画家についてとくに知ろうともせず、「海」の魚たちが泳ぐ謎めいた暗緑色の海や「窓外の化粧」の真っ青な空を背景にビルの上で踊る不思議な女性のスカートの膨らみなどを記憶の奥に放置したまま、長い歳月がたちました。

そしてほぼ30年後、遥かな時を越えて再びその海は私に謎をかけに来たようなのです。



30年後、私は古賀春江に再び謎をかけられることになりました。ここ最近、戦前のモダニズムやシュルレアリスムに関する詩論集がいくつか刊行され、目に付いたということもありますが、昨年1月にパリに行ってエリュアールの生地を歩いたりしたことをきっかけに、仏シュルレアリスムについてあらためて色々見聞したことが大きかったと思います。そしてその過程で、仏シュルレアリスムに影響を受けつつ、独特の陰翳を持って展開した日本のシュルレアリスムについて知っていきました。さらに日本のシュルレアリスムにおいても、詩が大きな役割を果たしていたということがよく分かったのです。とりわけ古賀春江は、たくさんの詩を残し、詩から着想して絵を描いたと言ってもいい画家だったというのは予想外の事実でした。そしてそのことからも私はこの画家に惹きつけられていきました。

「古賀の場合、詩想を練ることがすなわち、彼のデッサンだったかも知れない。古川智次のいうように、「古賀春江は詩才を有力な資本とした」画家であった。(改行)古賀春江が詩想を意欲的に絵画のモチーフとしたのは、ポール・クレーに触発されたいわゆるクレー風の時代以降である。文字の代りに絵の形式で詩を描くといった竹久夢二の画魂につながるものがある。」(中野嘉一『古賀春江  芸術と病理』)

 冒頭に「詩想を練ることがすなわち、彼のデッサンだったかも知れない」とあります。そこには「古賀の絵はデッサンが弱い」という指摘が当時あったことと対をなしているようです。古賀のデッサン力不足という評価は、私には意外でした。デッサン重視の写実の時代だったから厳しい評価が下されたのでしょうか。私などには大変絵の上手い画家という印象があったのですがー。ただ「春」や「窓外の化粧」は、確かに全体像としては平面や立体が入り混じっているということもあって、不安定な印象は受けます。でもそこがシュールレアスムたる所以でもあって、当時の美術界にはまだ理解が及ばなかったのかも知れません。

その「不安定さ」「シュールレアスムっぽさ」(日本の土俗性や野暮ったさの味のあるシュールレアスムとでもいえるでしょうか)に、出会いから30年後、私はあらためてこの画家の「詩と絵の対話」を探っていきたいと思っています。私自身の感受性の変化もきっとあるはずで、私はようやく1920年代から30年代に活躍した古賀春江に追いついたということかも知れません。

本コーナー「絵と対話した詩人」では、これを含め何回かの連載として、古賀春江における詩と絵の関係を追って行きたいと思います。冒頭で述べた久留米市での生家探訪についても、やがて綴りたいと考えます。

それでは今回は最後に、「海」が発表された2年後の1931年に刊行された『古賀春江画集』の中で、古賀春江自身が付した「海」の「解題詩」全文をご紹介して、次回の予告とさせていただきます。

透明なる鋭い水色。藍。紫。
見透される現実。陸地は海の中にある。
辷る物体。海水。潜水艦。帆前船。
北緯五十度。

海水衣の女。物の凡てを海の魚族に繋ぐもの。
萌える新しい匂ひの海藻。

独逸最新式潜水艦の鋼鉄製室の中で、艦長は鳩のやうな鳥を愛したかも知れない。
聴音器に突きあたる直線的な音。

モーターは廻る。廻る。
起重機の風の中の顔。
魚等は彼等の進路を図るー彼等は空虚の距離を充塡するだらうー
双眼鏡を取り給へ。地球はぐるつと回つて全景を見透される。

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